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2008年7月29日 (火)

伊豆諸島廻り

燃油高騰の影響を本土より受けている、伊豆諸島の島々を7月訪問しました。

717日(木)~18日(金)には新島、式根島を訪問し、村役場での出川村長との意見交換から始まり、漁協、農協、商工会等を廻り、燃油高騰問題等意見交換を行いました。漁協の方々から、「軽油の代金が140円/㍑(軽油税が無いベース)まで上がり厳しい状況。来月は150円/㍑まで上がる見込みで、何とかして欲しい。100㍑であれば、まだ、何とか操業出来る」「島で漁業に従事したい若者がいるが、その若者の居住環境を整えて欲しい」等ご意見を伺いました。17日の晩は、約80名程度の後援会の皆さんに、新島の村民会館にお集まり頂き、自民党の燃油高騰対策の現状や、私が参加している無駄遣い撲滅プロジェクトチームのお話をさせて頂きました。会場の方から、民主党が主張する離島におけるガソリン税の撤廃、消費税の撤廃について分かり易いとの意見が述べられましたが、私は、「ガソリン税を撤廃しても、漁船の軽油代金は下がらないし、農産物、魚等の輸送費も下がらない。耳障りの良い話に騙されず、本当に島にとって必要な生産物等の輸送費補助の拡大や、漁船軽油に対する補助等を考えましょう」とお話させて頂きました。

724日(木)~25日(金)神津島を訪問し、後援会の方々を一軒づつ訪問し、また、村役場での石野田村長との意見交換、漁協、観光協会等との意見交換を行いました。更に、25日、神津島で行われた伊豆諸島、小笠原諸島の少年サッカーのアイランドカップ2008にも参加し、開会式で挨拶もさせて頂きました。

726日(土)、朝810分の飛行機で、冬柴国土交通大臣と共に大島に訪問し、第一回国土交通大臣杯全国離島交流中学生野球大会に参加しました。

728日(月)、自民党の農林水産部会で、燃油高騰水産業緊急対策(骨子)が纏められました。現行の基金や事業の予算を利用し、使途拡大により対策を講じるもので、概要は以下の様なものです。1.省燃油実証事業の創設(80億円)…燃油消費量の1割以上削減する操業の実証を行う漁業者グループ(5人以上)に対し燃油費の増加部分に着目した支援(燃油対策基金(19年度補正)、漁船漁業構造改革プロジェクト)、2.省エネ機器等導入の支援…沿岸漁業改善資金(無利子資金)の要件を見直し、同じ漁業者が繰り返して省エネ施設・機器を導入する際に融資、3.省エネ操業支援(2と3で200億円)…省エネ操業を行うのに必要な運転資金を無利子で融資(省エネルギー推進緊急対策特別事業)、4.

休漁・減船等支援対策…燃油高騰を踏まえ、漁業者の負担を義務付けない等漁業種類の実情に応じた休漁・減船等を支援(資源回復等推進支援事業等)、5.国際漁業対策(4と5で65億円)…国際的規制に加え、燃油高騰等も踏まえ減船に対して支援(国際漁業再編対策事業)、6.流通の多様化等を通じた手取りの確保(追加400億円)…漁業者の手取りの確保に資するよう、①水産物買取規模の拡大、②直接取引の支援措置の改善、③養殖餌料の直接取引を支援する事業を新設(国産水産物安定供給推進事業)

1.省燃油実証事業の創設は上手い方法を考えたと思います。式根島の漁協に訪れた際も、今迄、朝4時に出港して、猛スピードで魚場に行けば良かったものの、燃油高騰対策として、出港の時間を12時間早めているという話がありましたから、既に実施している漁協は多く、その結果、省エネ対策を理由に補助されるというのは上手い方法です。また、6.水産物買取の拡大も重要です。伊豆諸島の漁業を訪れた際も、魚の値段が下がらないように、釣ってきた魚を捨てているという話を聞きました。水産物の買取枠を増やすことで、漁業者の手取りを更に確保することは現実に合った対応です。

都市に住む有権者の方々の中には、何故、漁業だけ補助するのだと思われる方もいるかもしれません。しかし、日本の漁業が壊滅的な打撃を受けたら、諸外国で魚の輸出が規制されたら、我々は魚を食べられなくなるのです。食料安全保障の観点からも、是非、今回の燃油高騰水産業緊急対策に対するご理解を宜しくお願い致します。

写真は、新島の出川村長との意見交換の様子、商工会との意見交換の様子、村民会館での講演会、神津島のアイランドカップの挨拶、大島の野球大会です。

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7月 29, 2008 経済・政治・国際 | | コメント (0) | トラックバック (0)

2008年7月22日 (火)

アジアにおけるカジノビジネスについて

新規ビジネスによる雇用促進と題し、HPの政策の中で、日本でのカジノ解禁について主張をさせて頂いている。また、「骨太の方針2008」に対し、提言をするために、自民党の政調の一機関として「日本の活力創造特命委員会」が取り纏めを行ったが、その中でも、「我が国に適したカジノ・エンターテイメント導入の検討」を掲げさせて頂いた。その様な経緯もあり、平成13年からカジノ導入の議論をされてきた岩屋毅衆議院議員のお誘いで、公明党、民主党、国民新党・創造の有志議員と共に、超党派の「カジノ・エンターテイメント議連(仮称)」を立ち上げることになった。この発起人のメンバーを含め、自民党、民主党の有志16名で、79日~12日、カジノの導入を決め、カジノ付き大規模リゾートを建設中のシンガポール並びに、外資導入を2002年から認め、ラスベガスのカジノ収入を抜いたマカオに、視察に出かけた。シンガポールに到着した9日夜のゲンティング(セントーサ島でのカジノ付きリゾート開発の応札をしたマレーシアの企業グループ)からのプレゼンテーション及びディナーを皮切りに、10日のシンガポール政府観光局からのブリーフィング、シンガポール貿易産業省からのブリーフィング、ゲーミング統制機構からのブリーフィング、米国サンズ社(マリナベー地域のカジノ付き大規模施設を応札した、ラスベガスのカジノ四大グループの一社)からのプレゼンテーション及びランチ、11日、マカオでのMGMからのプレゼンテーション及びランチ、サンズ社のベネチアン・マカオでのカジノフロアバックヤード視察及びブリーフィング、クラウンカジノフロアー視察(ローレンス・ホーに率いられたメルコグループが運営する高級カジノホテル)、シーザーズ・エンターテイメントからのプレゼンテーション及びディナーと休むことなく徹底した視察を行った。印象に残ったことは数多いが、幾つか説明させて頂くと。第一にシンガポールの2つのカジノリゾートは、投資額がおのおの約5000億円、1万人以上の新規雇用を生む大規模リゾート開発であること。第二にシンガポール政府の方針で、カジノのフロアー面積は全体のリゾート面積の5%に抑えられており、カジノを創るのではなく、キワードであるが、Integrated Resort(総合的リゾート)を創るという概念であること。第三に、シンガポールでは賭博依存症の人達をカジノに入れないために、exclusive policy(除外方針)を取り、自己申告や、家族からの申告等により、カジノへの入場を制限する制度を導入すること。第四に、24時間のカジノへの入場料が100シンガポールドル(約8000円)で、この入場料は、カジノ依存症対策等に利用されること。第五に、シンガポールのカジノ税は、粗利の30%(cf.ラスベガスは粗利の6.7%)で、数千億円以上を見込んでいること。

第六に、マカオにおけるサンズ社のコンタイストリップという新しいカジノリゾートは、ラスベガスのストリップ通りをそのまま、移植する大規模開発で、中国本土の海外旅行をする1億人の富裕層をターゲットにしていることと等である。アジアの新興国である中国、インドの富裕層をターゲットに米国のカジノリゾート会社が触手を伸ばしている実情を目の辺りにして、日本の観光促進、ビジネスチャンスの獲得のために、日本におけるカジノ解禁を、日本が観光ビジネスにおいて出遅れないためにも必要であると強く感じた。

MGMの説明者であったLloyd C.Nathan氏に、日本におけるカジノの可能性について尋ねたところ、「米国全土には約1000件のカジノがあるが、アジアには約100件のカジノしかなく、日本におけるカジノの可能性は大きい」との回答を得たことは心強かった。

写真は視察団のメンバー、セントーサ島でのカジノ付きリゾート開発の模型、

貿易産業上級大臣Mr.S Iswaranとのツーショット、マリナベー地域のカジノ付き大規模リゾートの建設現場、サンズ社のWilliam P.Weidner社長の挨拶風景、MGM社の説明風景、マカオのコンタイストリップリゾートの模型。Dsc02503 Dsc02497 Dsc02498 Dsc02499 Dsc02500 Dsc02501 Dsc02502

7月 22, 2008 経済・政治・国際 | | コメント (0) | トラックバック (0)

2008年7月15日 (火)

硫黄島視察

75日(土)、前日の小笠原諸島返還40周年記念の帰り道、平井卓也国土交通副大臣と共に、硫黄島の視察に参加した。太平洋戦争における、硫黄島攻防戦は、激戦として有名である。昭和20216日から3日間、米軍・空軍による熾烈な艦砲射撃及び豪雨のような爆撃が加えられ、同219B-29の大編隊による空襲と硫黄島沖に集結した大艦隊による一斉射撃が全島をおおい、その間130隻の上陸用舟艇が海岸に向け一斉に突進し、午前9時頃その第一陣が南海岸に上陸した。日本の硫黄島守備隊は、小笠原兵団長栗林中将の指揮のもと見事な持久戦を展開し、米国上陸部隊に多大の損害を与えたが、そのほとんどは玉砕し、同326日日本軍の組織的な戦闘は終わった。日本軍の戦死者は19,900人、負傷者1,033人、米軍の戦死者は6,821人、負傷者は21,865人。

硫黄島では、NLP格納庫、天山慰霊碑で献花、硫黄が丘、兵団指令部壕、壁画、医務科壕、揚塔作業所、水平砲、擂鉢山、再会記念碑、将兵の碑、貯水池等を視察した。硫黄島の最高気温は3132℃とのことであるが、硫黄島が海底火山の頂上ということもあり、地熱で体感温度は更に上がり、まるでサウナにいるような状態になる。熱射病になる自衛隊員も多く、任務の厳しさを痛感した。

現在、硫黄島は国関連と自衛隊、米軍の他は、戦没者の関係者のみ入島が可能であるが、将来的には、戦争の大きな爪痕として、若い世代の日本人が訪れ、あの悲惨な太平洋戦争を二度と繰り返さないよう誓える機会を与えても良いのではないかと感じた。国会議員として硫黄島の視察が出来たことはとても有意義な経験であった。

写真は、天山慰霊碑、硫黄が丘の熱水が湧き出ている状況、米軍の壁画、擂鉢山、水平砲、米軍上陸海岸、米軍上陸記念碑、日本軍の機関銃とヘルメット。

硫黄島は日本軍、米軍、両者にとって聖地であることを視察後、理解した。Dsc02429 Dsc02430 Dsc02431 Dsc02432 Dsc02433_2 Dsc02434_2 Dsc02435 Dsc02436

7月 15, 2008 経済・政治・国際 | | コメント (0) | トラックバック (0)

2008年7月14日 (月)

小笠原諸島返還40周年記念

74日(金)、小笠原諸島返還40周年の式典に参加して来ました。小笠原は前日の3日は雨模様だったそうですが、式典の行われた4日は晴天で、午後3時からのパレードには、小笠原の大半の住民の方が参加され、盛大に執り行われました。自衛隊の楽団も参加し、賑やかパレード、式典が行われました。式典の挨拶でも、述べましたが感動したことが2つ、少子化が叫ばれる中、小笠原では、人口約2400名のうち、小中学校で約400名の子供がいること、そして、小笠原の住民の方々の緊急時の対応を海上自衛隊が担っており、海上自衛隊の基地が父島にあり、島民の方と海上自衛隊の方々が、共に協力し合い、生活されていることです。写真は、パレード先頭の小学生と森下村長、式典での挨拶風景、小笠原父島の青い空と青い海です。小笠原へは小笠原海運の船で、25時間を要しますが、自然を満喫されたい方は是非、この夏休み、小笠原を訪問してみて下さい。Dsc02425 Dsc02428 Dsc02426 Dsc02427

7月 14, 2008 ニュース | | コメント (0) | トラックバック (0)